Hoa Lư:Thăng Long 以前の都
Hoa Lư はシリーズが始まり、国が組み立てられる場所。洞窟、979年の宴、980年の龍袍、そして1010年の遷都が置き去りにする都である。記録は場所を描写しない。
場所
1010年、遷都の詔が Đại La を Thăng Long とした。シリーズは合戦ではなく、一通の文書で終わる。名を変えることは、一つの主張である。記録は年と一行だけを与える。

このページの題に二つの名があるのは、そこで語られる出来事が名前の変更だからである。1010年、Lê Long Đĩnh の死と Lý Công Uẩn の即位の翌年、詔が都を Đại La へ移し、その地は Thăng Long となった。シリーズはその文書を第三シーズンの最後に置く。キャプションはこう記す。このシリーズは、合戦ではなく、一通の文書で幕を閉じる。
サイトの年表は1010年に一つの項目を与える。遷都の詔。Đại La が Thăng Long となる。サイトは詔の全文を公開せず、そのなかの一行だけを、シリーズの結びの枠で引用する。
「…龍がわだかまり、虎がうずくまる地。」
その下のキャプションは、この一節を1010年の Lý Thái Tổ――Lý Công Uẩn の治世名――に帰し、文書を特定する。サイトは年内の日付も、詔が出された場所も与えない。記録の寄与は、年、文書、二つの名、そして一行である。
シーズンIIIは1005年から1010年にわたり、「玉座が移るとき」と題される。その第八話にして最終話が「遷都の詔」である。結びの枠は一行を引用し、文書を名づけ、合戦と文書についての一文を加える。シリーズの本予告も同じ約束を映像で終える。Đại La の埠頭の上の夜明けである。
終わり方の選択そのものが、シリーズについての一つの主張である。三つのシーズンは、建国の戦争、摂政、侵略、そして争われた死から組み立てられてきた。プロジェクトが最後に見せるのは、もう一つの戦いではなく、作者より長く生きる一篇の書き物である。サイトのログラインはその賭け金を名づける。正統な権力は、剣か、血筋か、それとも歴史を書く者の筆から来る。詔はその筆である。
素材は Hoa Lư についてよりも、Đại La についてさらに薄い。その名はシリーズのイメージのなかでは Đại La の埠頭として現れ、夜明けの船の甲板に立つ男の目的地となる。年表のなかでは、詔の前に都が持っていた名として現れる。サイトが与えないのは、遷都前の都市の描写である。城壁も、街路も、宮殿も、人口もない。
その空白には帰結がある。遷都は、知られた場所から別の知られた場所への旅としてではなく、改名として提示される。そして改名は一つの主張である。シリーズが埠頭と夜明けを見せられるのは、イメージが自らのものだからであり、Đại La がどのような場所だったかを見せることはできない。
詔は、正統性についてのシリーズの問いが文書になる唯一の場所である。1009年が継承だったなら、詔は自信に満ちた新治世の最初の行為である。国が落ち着いたから都を移す。1009年がクーデターだったなら、同じ文書は簒奪者が必要とした紙として読める。サイトは死の二つの読みを並べ、どちらかを選ばない。その曖昧さは1010年へ持ち越される。
龍と虎についての一行は、素材のなかで新しい都についての唯一のイメージであり、サイトはそれを記述ではなく記録の言葉として扱う。それがどの丘や川を指すのか、遷都を年より細かく特定することも説明しない。ここで差し出される解釈は構造的である。場所を名づける文書は、それを名づける権利を主張する文書でもある。
この節のすべては hư cấu(創作)であり、スタジオもそのように明記している。
出来事が改名だからである。このページの slug が同じ一つの場所に二つの名を運ぶのは、シリーズのタイトルシーケンスが二つの都を運ぶのと同じ理由による。Hoa Lư → Thăng Long。Đại La は筆が触れる前の名であり、Thăng Long は文書が与えた名である。シリーズが合戦ではなく名の変わる瞬間で終わるのは、その瞬間にこそ、プロジェクトの問い――国とその都を名づける権利を誰が持つのか――が一語のなかで見えるからだ。
記録は年と、文書と、一行と、新しい名を与える。ドラマは夜明けと、埠頭と、それを書いた男を与える。そのあいだの線がシリーズの規律である。日付は創作されず、場面は創作される。